起業して5年後の生存率が半分以下、10年後残っているのは1割…
などと言われているそうですが本当でしょうか。
創業相談や、新規開業後の申告指導に関わる税理士の体感としては。
確かにそんなところかな、という気がします。
そうなっている原因の一つ、「売上目標が低すぎる」ことについて考えました。
起業すると「見かけ収入」が増える
「そんなに大金持ちになる気はないから」
「食べていければ十分だから」
よく聞くセリフです。それ自体は悪いことではありません。
正直なところ私も「自分と家族を幸せにできる収入までで十分」という点では同感です。
問題は、“食べていける収入のライン”を大幅に勘違いしている人が多いことです。
こんなセリフを聞いてどう思われますか。
「見習い一人雇って工務店やってるけど、年商3000万は行くね」
「一人でネットショップやってるけど、月商200万突破したよ」
これを聞いて、「凄っ!」と思ってしまうよう感覚なら少し危ないと思います。
工務店。どんなタイプの工務店かにもよりますが。
自分で営業・見積り・提案して工事を請けてきて。
主に下請けの業者さんたちに振って施工する工務店であれば。
材料・外注費を差し引いた粗利益率は20%~25%くらいでしょうか。
年商3000万円ということは粗利の時点で600万円~700万円くらいということです。
見習いを一人雇っているのでその人件費が200万円~300万円。
見習いの分も車や工具を用意しているなら車両費や交通費、消耗工具費なども二人分。
自宅以外に事務所を借りているのであればその家賃や光熱費。
このあたりの諸経費が月々20万円強、年間300万円くらいかかるようであれば。
親方の手元に残る金額より、見習いの給料の方が多いかもしれません。
ネットショップ。こちらもどんな商材を扱っているかによりますが。
量販店が仕入値の2倍くらいの定価で売っている商材を。(原価率50%)
量販店より2割から3割安くネット販売しているのであれば。
商品原価率は60%台後半から70%前後でしょうか。
そして、必ず送料がかかります。
1000円、2000円の商品をメール便で160円。
5000円、6000円の商品を宅急便で500円前後。
平均してだいたい売上高の10%くらいが送料です。
さらに楽天市場、Amazon等のモールへの手数料と広告費。
やり方にもよりますが売上高の10%から15%前後になることが多いようです。
粗利益を考えてみますと。
商品原価70%+送料10%+モール費用10%=90%!
下手をすれば売上高の10%くらいしか、この段階で手元に残らないわけですね。
月商200万円でたったの20万円です。
これで発送用の倉庫や事務所を借りていたり。
アルバイトを雇っていたりしようものなら。
もはや手元には何も残らないでしょう。年収0円、時給0円です。
個人事業こそ固定費、変動費、損益分岐点を意識すべき
このように冷静に考えてみると。
結局大切なのは売上ではなく利益。
お金が「いくら入ってきたか」ではなく「いくら残ったか」。
入ってくるお金などは大きかろうと少なかろうと、どうでも良いことなのですが。
入ってくるお金が大きいと、なんだかそれだけで安心してしまうようです。
このような「気持ち金持ち、現実貧乏」状態になると行き詰まるのはすぐです。
サラリーマン時代より手取り収入が落ちているのに、金遣いだけは荒くなります。
どんぶり勘定で、事業資金として借りてきているお金にすぐ手を付けてしまいます。
こうならないために。
個人事業者こそ、「損益分岐点」を意識すべきです。
(図は中小機構のJ-Net21からお借りしました)
ご自身の確定申告書の経費の項目を見てみましょう。
売上に連動して必ず発生し、売上が増えれば比例して大きくなる経費。
先ほどの工務店であれば仕入材料や外注費。
ネットショップであれば仕入、送料、広告費。
こうした費用が「変動費」です。
一方で、人件費や家賃、光熱費、車両費など。
売上が0円でも発生し、売上が伸びてもさほど変わらない費用が「固定費」です。
損益分岐点が頭の中でつかめていない人と話をしていると。
「頑張れば月に売上をもう20万増やせるのでなんとかなる!」という感じで。
増えた売上がそのまま利益になると勘違いなさっていることに気が付きます。
売上に連動して発生する変動費については、総額ではなくパーセンテージで。
「売上の○○%は即、変動費で消える」という感覚が大切です。
そして逆に変動費が消えた後の粗利益。
これについて「売上の○○%が手元に残る」という感覚を持ちましょう。
固定費はいわば「粗利益の最低ノルマ」です。
稼いだ粗利益が固定費を上回った部分、これが利益です。
月30万円奥さんに渡すには?
では、先ほどの工務店。
この親方が、奥さんに生活費を月30万円渡すために必要な売上高はいくらでしょうか。
材料費、外注費を合わせた変動費が80%で粗利益率は20%。
見習いの人件費250万円と諸経費が300万円で固定費は550万円とします。
固定費の550万円に、奥さんに渡す360万円を足して910万円。
これを粗利益で達成できれば良いから…と考えた方、少し待ってください。
30万円はサラリーマンでいうところの「手取り」です。
税金、社会保険料が計算に入っていません!
所得に連動して増加するため、厳密に計算すると暗算しにくくなりますので。
少々乱暴ですが感覚でとらえるために。
手取り30万サラリーマンの総額給与をイメージしてください。
35万では足りず、40万では少し多いくらいでしょうか。
では年間450万くらいということにしましょう。
これなら税引き後でも360万くらいになりそうです。
固定費の550万円と、奥さんに渡すお金、税金、社会保険料合計の450万円。
この合計1000万円を粗利益で上げることができれば。
奥さんに生活費を月30万円渡せるわけですね。
粗利益率20%で1000万円を上げられる売上高は。
1000万円÷20%=5000万円!
この工務店の場合年5000万円の売上を上げて初めて、奥さんに月30万円渡せるわけです。
「そんなに上げてもそれだけしか残らないの!?」と思われるでしょうか。
念のため確認してみましょう。
帳簿は申告用ではなく、現実的な売上目標を立てる資料
では、この記事の冒頭で「年商3000万は行くね」と言っていた親方が。
損益分岐点を意識するとどうなるでしょうか。
奥さんに月30万円渡すためには次の3つの方法しかありません。
①売上を3000万円から5000万円に伸ばす
②利益率を20%から33%に上げる
③固定費を年150万円以下に抑える
①、②を実現しようと思えば。
得意先、仕事の入ってくるルートを根本的に見直す必要があるでしょう。
単価の低い仕事を断れるよう、良い得意先を今の倍くらいに開拓しなければなりません。
③を実現しようと思えば。
見習いを解雇し、事務所は引き払って自宅で仕事をする必要があります。
いずれにせよ。仮にこの同じ状況で。
「年売上3000万円上げてるんだ、まあまあだろ」と思っている親方と。
「どうやったら年粗利1000万円上げれるだろうか…」と必死に考えている親方がいれば。
どちらが行き詰まり、どちらが10年後も生き残っているかは明らかです。
「まあまあだろ」と思ってしまっている親方の原因は明らかです。
数字を見ていない、意識していないからです。
帳簿は確定申告で税務署に見せるために作成するものではありません。
自分が「奥さんに月○○円渡すために必要な売上高と粗利」を把握するためのものです。
そのように数字を見ているからこそ。
目標利益達成のために工夫し、努力します。
経済環境が変わってしまって。
どうしても今の業態では奥さんに○○円渡せる粗利が稼げそうにないなら。
早めに撤退して他の手段を探します。
もはやダメになっていることにすら気付かず。
最後に加速度的に傷を大きくして行き詰まる人々の仲間入りをする必要はありません。
規模の小さい自営業、フリーランスこそ。損益分岐点を意識しましょう。
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